【メランコリック・メルヘン・ロード 〜那須編〜 vol.1】旅のはじまり、夢路をさまようハーブの香り

この世でいちばん愛する概念は、「かわいい」と「癒し」かもしれない。

突き詰めると、私はそのふたつがあれば生きていける気がする。

「かわいい」にも「癒し」にもいろいろあるけど、体や心がまいっているな、と感じるときはだいたい、そのどちらかが足りないときだ。たまにはそのふたつをチャージしないと、だんだんと自分がきらいになってくる。

そんなときにいちばん効果的なのが「旅」というもの。

美意識高く自分をメンテナンスして、常にかわいい自分でいよう!という話ではなくて。

世界に潜むかわいさをキャッチして、生きるモチベーションを上げ、心身を解放すること……簡単に言うとそういう状態が理想。

私たちの日常からちょっとだけ離れたところには、きっとあらゆる種類の「かわいい」と「癒し」のかけらがいっぱいなのだ。

贅沢な食事やホテルやリゾートなんかを堪能しなくてもいい。地に足がついていながら、どこか浮き足立つような場所ならどこでもいい。

それでまず思いついたのが、行ったことのない那須という土地。

ちょっと調べてみると、緑があって、美術館があって、スイーツがある。東京からゆっくり行くと電車で3時間くらい。唐突だったけど、栃木県への旅を計画してしまった。

那須高原HERB’s

メランコリック・メルヘン・ロード
上京して7年。もうすぐ26歳。

東京、というのはかつての私にとって旅の目的地だったはずだけど、今は旅の出発点、そして帰る場所だ。

 

明け方4時台に家を出て、空がもうすっかり明るいことに驚く。

ホームシックなんてなったことなかったのに、出発する前からなんだか淋しくて心もとない気分なのは、ほかでもない。

むすこと別々の場所で眠ることになるのが初めてだからだ。

あの子が生まれて1年。たまには一日だけでもひとりで休むか、集中できる時間がほしい……とあれほど思っていたのに、いざ離れると逆に緊張してしまう。

産後2、3ヶ月のころから仕事は再開していて、仕事場でも一緒にいることがほとんど。外出のときは家族に子守りを頼んだりもよくしたけど、まる1日離れるのはさすがに初めてだ。このまま断乳とかしちゃうのかも。次に会うときには(1日後だけど)私の知らないあの子になっているのかも……。

大丈夫。あの子を抱く時間が減ることは、淋しいことじゃない。子どもがいることで、できないことが増えると思っているのは大人だけで、子どものほうはできることが増えていくばかりなのだから。

そう自分に言い聞かせる。

東京に守られているあの子のことは心配せずに、今日は旅のことだけを考えることにする。

精神年齢のままの自分に戻って。

 



 

那須塩原駅に降り立つと、朝9時の空は水色だった。雨の予報だったけど晴れてる!少しずつ目が醒めてくる。

まずは、「那須高原HERB’s」というハーブガーデンに行ってみるつもり。

実は、どこかハーブガーデンに行きたいな、と思って調べ始めたことがこの旅のそもそものスタートなのだった。

どこでも好きなところに行けるとしたらどこにしよう、と思ったとき、小学生のころに行ったラベンダー園の景色がふと浮かんだ。福岡に住んでいたときだから、たぶん湯布院だと思う。いちめんの紫。ドリーミーなラベンダー色。眠りに誘う香り。紫色の毛糸を髪の毛にした、ころんとしたお人形のポプリ。

ただそれだけ。それだけだから、大人になって、わざわざ行くことってなかなかない。大学の合宿や友達との旅行なんかでも、温泉やテーマパークばかりで、ハーブガーデンのことは忘れていた。

「那須高原HERB’s」は、電車と徒歩では行けない場所にある。車がないと無理かな(私は車はおろか免許も持ってない)、とあきらめかけていたとき、那須高原を巡回する「きゅーびー号」という周遊バスをネットで見つけた。フリーパスは1000円。本数が少ないので、分刻みのスケジュールを立てて、このバスの恩恵をフルに受けることにする。

「友愛の森」のインフォメーションでバス乗り場を聞き、10分以上前からもうそこにいたバスに乗ると、私のほかにお客さんはいない。貸し切りだった。

山道をゆくバスの窓から15分ほど外を眺めていたら、「那須高原HERB’s」という看板を通り越して、バスはサファリパークへ向かっていた。あとで少し引き返すことになるんだな。道順を確認しながら、サファリパークの駐車場まで運ばれる。

「サファリパークに行くの?」

運転手さんに不意に聞かれ、ちょっとたじろぐ。スーツケースを持った私は明らかに観光客だけど、全身赤&ピンクの女ひとりだし、何者だと思われてるだろう……。

「あ、いや、那須高原HERB’sなんです」

「ハーブス!? ここからじゃ遠いだろ。那須遊膳のほうが近いのに」

「あ、そうなんですか。なんか、最寄りはサファリパークって書いてあったので……。でも、さっき道確認したから……」

「誰もいないから乗せてってやるよ」

運転手さんは少し呆れたようだったけど、さっとサファリパークの駐車場でUターンした。そして来た道を戻り、HERB’sの前でバスを停めてくれた。

「帰りは遊膳まで行くと上り坂だから、サファリパークから乗るといいよ」

那須遊膳というのは、サファリパークのひとつ前の停留所だった。さっそく親切にあやかった私は全力でお礼を言い、バスを降りる。

 



 

メランコリック・メルヘン・ロード
小さなおうちみたいなハーブガーデン。

ラベンダー、ローズヒップ、スイートオレンジのエッセンシャルオイルと、ローズとゼラニウムの蒸留水を使った石けんを作る体験をさせてもらった。「ほんとにピンク好きなんですね」と言われつつ、ピンク色の色素をまぜたハート形の石けんを4個。ひとつは自分の洗顔用に、残りは友達へのおみやげに。

両手からアロマセラピーのような匂い。

緑に囲まれ、どこまでが森との境界なのかわからないような庭で、子どもたちがハンモックに乗っている。マザーグースが聞こえてきそうな光景。農園の果てにはこんもりと木々が茂っていて、空が広い。

ピンク、ベイビーブルー、ミントグリーン、ラベンダー……天然のパステルカラーに包まれる。

手の中に残るアロマを何度も吸い込みながら、ショップで「空」という名前のハーブティーを買い、この色と香りを少しだけ、東京に運ぶことにした。




 

vol.2へ続く» ステンドグラスに照らされる、乙女の祈りと小さな恋 〜那須編②〜

 

◆那須高原HERB’s
325-0303 栃木県那須郡 那須町高久乙字伊藤台3589-3
TEL:0287-76-7315
http://www.n-park.jp/


Writer: 大石 蘭

1990年福岡県生まれ。東京大学教養学部・東京大学大学院修士過程修了。 少女文化と原宿が好き。
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Facebook: 大石 蘭 / Ran Oishi

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